「はたらくデザイン」
をめぐる対話
目指すのは「働く」と「生きる」が溶け合う場所
2018年においかぜ代表の柴田が立ち上げた「はたらくデザイン事業部」。
「はたらくデザイン」とは、働き方をより良くするための仕組みづくりや、新しいチャレンジができる環境づくりを通して、新たな「はたらく」をつくること。この考え方は、おいかぜの理念「だれかのおいかぜになる」とも通じ、全事業部の根底に流れるものでもあります。
本連載は、おいかぜ代表・柴田が、京都に縁のある経営者と「『はたらく』をデザインすること」について語り合う対談コンテンツです。第4回目のお相手は「働く環境の総合商社」としてオフィスを中心とした空間のプロデュースやリノベーションを行っている、株式会社ウエダ本社代表の岡村充泰さん。ウエダ本社さんのキーワードである「オフィス」をテーマに、それぞれの「はたらくデザイン」について語り合いました。
でデザインする。
CHAPTER01
「伴走」と「おいかぜ」、スタンスの近い2社の出会い
岡村実は明後日、60歳になるんですよ。(取材日は2023年8月28日)
柴田えっ、そうなんですね!それはおめでとうございます。
岡村ありがとうございます。39歳でウエダ本社の代表取締役に就任したので、それから20年が経ちました。
柴田ちょうど節目のときなんですね。岡村さんは代表に就かれてから、ウエダ本社さん自体を大きく変えていかれたと思うのですが、今は会社としてどういったことを軸にされているのでしょうか。
岡村いろいろなことをしているので一言で言うのは難しいのですが、会社としては「働く環境の総合商社」という言葉を掲げています。そのベースにあるのは「人を生かした価値創出」。今ある資源・資産に、外から持ち込むものを掛け合わせて価値を生み出す……建物で例えるとリノベーションみたいなことですね。それが企業に向かうと「オフィスづくり」になるし、地域に向かうと「まちづくり」になります。
だけど、例えばうちがオフィスをつくるとしても「ただかっこいい空間をつくる」ってことにはなりません。そもそもこの会社がどうしていくべきで、ここで働く人がどんなふうに働きたいのか……そんなことを洗い出すワークショップなどを行いながら空間を設計していきます。それなので、何をやっているかわからないとよく言われるのですが(笑)。
柴田僕自身、ウエダ本社さんのことは前々から存じ上げていたのですが、実際につながりができたのは2021年頃だったと思います。QUESTION1のアソシエイトパートナー交流会でたまたま隣になったのが、社員の原田さんだったんです。お話をしてみたら、「オフィスづくりにはITインフラの課題が必ず出てくるので、その領域で実働できる小回りのきく業者を探しているんです」と言われて、「それ、うちですね」と(笑)。そこからディスカッションが始まって、岡村さんともお話をさせていただいたのが始まりでした。
岡村そうでしたね。我々が常に言っているのが「中小企業の伴走型」であろう、ということなんです。モノをただ売り買いするのではなくて、一緒にいい会社を目指していく。そういうやり方をしたいと思っているんですね。
ただ、うちはITに弱くて、自前でその辺りの課題を解決できないんですよ。そこで業者さんに頼むことになるわけですが、どうしても我々のリテラシーが低いぶん、言いなりになってしまうというか、伴走してもらえないことが多くて。重要な領域の話なのに、私たちが大事にしているスタンスで組める業者さんがずっといなかったんです。
そんな中で原田くんが柴田さんと出会って、「すごくいい感じで補完関係ができるんじゃないか」と思いましたね。うちとおいかぜさんは専門が異なれど、掲げていらっしゃることがかなり近いなと。
柴田確かにそうですよね。ウエダ本社さんの「中小企業に伴走する」「はたらくを彩る」という考え方と、うちの「だれかのおいかぜになる」「はたらくをデザインする」という考え方はとても近いと僕も感じます。
それから話が進んで、ウエダ本社さんとおいかぜの協働プロジェクト「GOOD PLACE SOLUTION」を立ち上げました。空間からITインフラに関わることまで、「はたらく環境」についてのトータルソリューションを提案していくサービスです。
柴田僕はこれまでは岡村さんより社員さんとお話する機会が多く、ウエダ本社さんについては「みなさんのびのびと働いていらっしゃるな」という印象が強くありました。個性が強く自立している方が多いというか。岡村さんがそんな社員さんをどう束ねて育てていらっしゃるのかずっと興味があったので、今日はそんなお話ができたらと思っています。
岡村はい、よろしくお願いいたします。
1 京都信用金庫が運営する、コワーキングスペース・レンタルスペース・コミュニティキッチンが利用可能な共創施設。ウエダ本社さんはワークプレイスデザイン、おいかぜはウェブサイト制作を担当している。
CHAPTER02
本来「働く」と「生きる」は一体化したもの
柴田常々、僕は会社を経営する上で、既存事業をまわしつつ新しいことにチャレンジすることの必要性と難しさを感じてきました。例えば社長が新しいことをしようとすると、どうしても既存事業をやっている社内の人から反発が起こりやすい。「新しいことをするのはいいけど、既存事業はどうするんですか?」とか「新しい事業は誰がやるんですか?」と。
僕はそれを「既成概念の境界線」と呼んでいて、そこを行ったり来たりできる仕組みを作ることが必要だと考えています。それが「はたらくデザイン」という考え方で、僕がこれまで経営者として培ってきた知見を活かして事業化していきたいと考えているんですね。
岡村はい、はい。
柴田僕から見て岡村さんは、ウエダ本社さんの中で既存事業と新規事業の間を常に行ったり来たりされているように見えます。岡村さんにとっての「はたらくデザイン」ってどういうものか、普段どのように心掛けていらっしゃるのかを、本日はうかがえたらなと思っているのですが。
岡村さっき柴田さんがうちの社員のことを「自立している」と表現してくださいましたが、まさに私がずっと大切にしているテーマが「自律」なんです。「立つ」ではなく「律する」の方ですね。
私が考える「自律」とは「思うままに生きる」こと……それは決して「わがまま」という意味ではなく「あるがままの自分を活かして生きる」という意味です。その人がそのままの姿でいられて、しかも役割を果たせている。幸せって、そういう状態のことを指すのではないかと。だから本来「働く」と「生きる」は一体化したものだと思っているんですよ。
柴田なるほど。
岡村ところが今の世の中では「働く」と「生きる」が別々になっている。その表れが「働き方改革」ですよね。働く時間を減らして余暇を充実させようというのは、その2つを対立させた発想です。確かに余暇を充実させるのは大事ですが、本来それらは全部一緒のものだと思うんです。
大事なのは、渾然一体となった「働く」と「生きる」のバランスをとること、自分でそのバランスをちゃんと選べること。だけど特に日本では管理型・指示型の労働環境で、そういうことが全然できていません。ウエダ本社では、一人ひとりが「働く」と「生きる」の自分らしいバランスを選び取れる状態を、オフィス作りを通して実現できたらと考えているんです。
柴田いやぁ、すごく共感します。僕もよくスタッフに話すんですけど、「働く」と「暮らす」は分けなくていいと思っているんです。その方がパフォーマンスが上がるから。おいかぜのクレドには「余白をつくる」という言葉があるのですが、働くときにも生活の余白が欲しいし、生活しているときにも働く余白が欲しい。ふたつが互いに染み出す感覚がないと、きっといい仕事ができないだろうと思うんです。だから僕も「働き方改革」が声高に叫ばれたときは違和感がありました。
ただ、労働基準法があるのでどうしても「働く」と「暮らす」は分けないといけません。社員としても当然、オンタイムとオフタイムはきっちり分けてほしいはず。オフタイムに働いたら給与も余分に欲しいだろうけど、「働く」と「暮らす」が入り混じったらその計算はどうするの?と。おいかぜでも、組織としてそこをどう混ぜられるかをずっと実験している感じなんですよね。
CHAPTER03
「時間」の枠組みを外すと、活躍する人が増える
岡村私自身、若い頃から「働く」と「生きる」が入り混じった考え方でした。大学を卒業して30歳で独立したのですが、そのときの動機が「60歳を過ぎても働きたい」「海外を転々としたい」というものだったんです。それなら会社員は無理だろうと自分で事業を立ち上げました。それ以外は、本当におもしろくないくらい無趣味でね(笑)。若い頃から仕事ばっかりしているんですよ。
柴田そうなんですか(笑)。
岡村だけど決して、「社畜」とか「滅私奉公」というのではないんです。あくまで仕事を自分ごととして、思い切りやっているだけなんですよね。だから上司に納得いかないことを言われたらすぐに「それは違う」と反発したり(笑)。周りから見ると仕事人間みたいに見えるかもしれないんですけど、自分としては全然そうじゃないんです。
柴田仕事の自分ごと化。まさに「働く」と「暮らす」が混じっているんですね。
岡村私が若い頃はバブル期で、「24時間働けますか」というCMがあったくらいですから、当時は日本人が一番働くと思っていました。ところが独立してアメリカへ行った際に、NYのホワイトカラーの人たちがめちゃくちゃ働いているのを目の当たりにしたんですよ。「日本人が一番働くなんて嘘やん」って思いましたね。
一方でイタリアにもよく行っていたのですが、こちらの人はあまり働かないんですよね。昼間からワインを飲んで、夕方には「飯でも食いに行こう」とすぐに帰ろうとする(笑)。ところがこと技術の話になると、こだわりが非常に強く頑として譲らないんです。自分の仕事に誇りがあって、短い時間で豊かな仕事をしているわけです。
柴田へえー。
岡村そういうのを目の当たりにしていざ帰国してみたら、日本の企業はどっちでもない。アメリカ以上にタフでもなく、イタリアのように短時間だけどこだわりが強いわけでもなく。どっちつかずだなぁと思いましたね。
柴田日本の働き方改革って一方向なんですよね。「働く時間を減らそう」だけで、「生産性をどう上げるか」が議論されていない。そもそも「働く」イコール「労働」ではないじゃないですか。時間を切り売りするように働くのではなく、「働く」をもっと自分の人生のために使う感覚で溶け込ませないと、ただ労働時間を減らしても意味がないと思うんです。
岡村本当にそうなんですよね。
柴田おいかぜではまさに、それを仕組みに落とし込めないかと試行錯誤しているところです。うちでは今、働き方を6種類から選べるようにしているんですよ。
具体的には、「1:リモートワークなし」から「6:フルリモートOK」までリモートワークの段階があって、評価制度の等級に合わせて選択肢が増えるようにしているんです。要は自立できている人ほど、働き方を柔軟に選べるようにしているんですね。
これは僕から社員へのメッセージでもあります。経営者からすると、自分で勝手に仕事をして成果を出してくれる人については、何をしてくれても文句がない。だけどそれを僕の匙加減で決めてしまうと不平等になるので、仕組み自体を作ってしまったんです。
岡村とてもおもしろいですね。私は制度づくりが苦手というか、本質が伴わないような気がして違和感があったのですが、おいかぜさんは社員の個性を活かすための制度づくりをされているんですね。
うちの場合はこれまで、ただただ考え方を伝え続けることに重きを置いてきました。中でも私が一番崩したいのは「時間軸での働き方」なんですね。例えばウエダ本社の事業部に「ウテナワークス」があるのですが、ここでは様々なライフイベントと共に⽣きる⼥性に「働く」と「暮らす」がつながる選択肢を提供しています。
岡村どんなに働くのが好きな女性でも、子供を産んでしばらくは身体的に働けません。だけど数ヶ月したら体力も回復してきて「1時間くらいから働きたい」という方もいらっしゃるでしょう。でも企業が「9時5時でオフィス出社」という制度しか持っていなければ諦めるしかない。これは障害を持つ方にも言えることで「この1時間だけならパフォーマンスをすごく発揮できる」という方はたくさんいらっしゃいます。「時間」という枠組みを外すだけで、活躍できる人がもっと増えるはずなんです。
日本の労働人口も減っていく中、これからは「時間」じゃない部分で価値を生み出していかないといけない。そんな考え方を伝え続けることで、世の中が変わっていったらいいなと思っています。
CHAPTER04
コロナ禍以降上昇した「オフィス」のステータス
柴田今「時間」のお話が出ましたが、コロナ禍でリモートワーク化が進んで「場所」の概念も大きく変わったと思います。オフィスづくりをされてきたウエダ本社さんから見て、この2、3年で「オフィス」という場所はどう変わったと感じられますか?
岡村これは強がりでもなんでもなく、コロナ禍以降オフィスのステータスはすごく上がったと考えています。というのも、これまでずっとオフィスは画一的だったんですよ。働くためにわざわざ家から出て行かないといけない、それこそ「暮らす」から切り離された、「労働」するための場所でした。だから当然コストがかからない方がいいし、多くの場合、オフィスの決済は総務が担当していたんです。
だけどコロナをきっかけに、初めてオフィスが経営判断に入るようになりました。オフィスを持つか・なくすかといった判断が、各社でされるようになった。GAFAと呼ばれる企業すら各社で経営判断が違いましたよね。AppleやAmazonはオフィスに集まろうとしたけれど、Twitterはリモートになった。でもイーロン・マスクが代表になってからは「出社しない奴は辞めろ」と言われるようになったりね。
柴田確かに。
岡村そこから「画一的なオフィスは不要」という認識になっていきました。AIが発達するほど「人間に何ができるか」「Face to Faceでできることは何か」が議論されますが、今はその答えとしてのオフィスであることが重要になってきています。そのオフィスの形は、決してこれまで通りのものではない。そういう意味でも、オフィスのステータスが上がったなと感じています。
柴田僕もコロナ禍以降、オフィスのあり方がいろいろなものと絡み合うようになったなと感じています。うちではさっき言ったようにリモートワーク制度を取り入れたので、オフィスをフリーアドレス制にしたんです。一方でITインフラチームのように出社しないといけないメンバーもいるので、別部屋に固定デスクも揃えています。他にも、リモートワーク的だけれどオフィス出社と同じ扱いで使えるスペースとして、QUESTIONのコワーキングスペースも借りていたり。
そんなふうに僕にとっては、個別のニーズをできる限り汎用化させるのが仕組みであり、オフィスであり……だから経営判断って言葉はめちゃくちゃ腑に落ちますね。
岡村もうオフィスは単に作業をする場所ではなく、ロイヤリティを高めるための場所となりましたよね。会社の方向性とオフィスがとてもクロスするようになった。それこそが、今後のオフィスの役割だと思います。
柴田ちなみに岡村さんは、ウエダ本社さんにとってのオフィスはどういう場所として捉えていらっしゃるんですか?
岡村「自分たちは何のためにどんなことをするのか」を確認する場所ですかね。やっぱり、集まらないと伝わらない雰囲気ってあるじゃないですか。時々集まって、自分はこういう組織に所属しているんだと確認するための場所ですね。
極論を言うと、人が来たくなるオフィスって結局「居場所」だと思うんです。「ここに来ると自分が認められる、求めてもらえる」と感じられるかどうか。だから、どういうオフィスにしようってハードを考えるよりも、先にやるべきことってたくさんあるんですよね。ここで働く人がもっと自分の役割を発揮できるにはどうしたらいいか、居場所だと感じられるにはどうしたらいいか……そういったソフト面からしっかり考えて、空間に落とし込んでいけたらと思っています。
柴田お話を聞いていて、今後オフィスは2つの意味を持つんじゃないかと思いました。1つは「象徴」。今おっしゃったように「ここに来ないとわからない空気感」が伝わるお城みたいな場所ですね。
もう1つは「概念」。今後オフィスはすごく概念的なものになって、よりパーソナライズされたものになるだろうと思います。例えばうちで言うと「リモートなし」と「フルリモートOK」の人では、「オフィス」という概念が全然違うはずなんです。物理的なオフィスだけが「オフィス」な人もいれば、家やカフェも含めて仕事できる場所全体が「オフィス」な人もいる。そんなふうに、人それぞれで「オフィス」のイメージが異なるようになるだろうと思うんです。
その「象徴」や「概念」の言語化を試みているのが、ウエダ本社さんなんじゃないかなと思いました。みんなにとって働く場所はどういうものであるべきかをブレイクダウンしていって、空間に落とし込む。個別のイメージを汎用に落とし込むのは難しいことだと思うのですが、会社として「うちのオフィスはこうだよ」と定義するのは、これからの時代大事になると思います。その結果できあがるオフィスは、きっととてもいいものになるでしょうね。
CHAPTER05
「働く」と「生きる」が溶け合う場所へ
柴田今日お話ししていて、僕が理想とするオフィスは「主体的に働く環境を設計できる状態であること」なんだろうなと感じました。例えば、事務所、自宅、コワーキングスペースという選択肢があったときに、午前はコワーキングスペースで、午後はお客さんのところへ行って、最後は事務所に顔を出そうと予定を立てる。そういうふうに、概念としての「オフィス」を個別にカスタマイズできる環境を作りたいんだなと。
僕はスノーボードが趣味なんですが、山全体を捉えて「ここでこうして、あそこを通って降りよう」と考えるのが楽しいんですよ。自分で道筋を決められると、繰り返しても飽きない。それは仕事でも一緒なんじゃないかなと思いましたね。
岡村さんと僕とではオフィスの捉え方が異なるけれど、「自分らしく働ける場所」「『働く』と『生きる』が溶け合っている場所」を目指しているという意味では一緒なような気がします。今日はそこにすごく共感しましたし、どうオフィスで表現するかをより深く考えられました。
岡村こちらこそ勉強になりました。おいかぜさんの、個性を活かすための制度を作ってそれをオフィスに落とし込んでいくという姿勢は、特に学びになりましたね。ぜひまたお話を聞かせていただきたいです。
柴田ウエダ本社さんとおいかぜ、お互いに同じことをしようとしているのにやり方が違うんだなと改めて気付かされましたね。だからこそお互いのソリューションを持ち寄って「はたらく空間」を作っていく「GOOD PLACE SOLUTION」を協業できるのだなと思います。今後もどうぞよろしくお願いいたします。
MEMO
ウエダ本社さんのオフィスにお邪魔すると、打ち合わせのできる大きなデスクがあったり、窓の外を眺めつつゆっくり仕事ができるデスクがあったりと、さまざまな働き方ができそうな空間が広がっていました。
そんなウエダ本社さんとおいかぜの協業によって生まれた、空間・スペースとITインフラのソリューションを組み合わせたプロジェクト「GOOD PLACE SOLUTION」。こちらではおいかぜ設立20周年を記念して、今後特別なワークショップの開催を予定しています。詳細は近日公開予定ですのでお楽しみに!
- 取材・文
- 土門蘭